2009年07月09日

とうもろこし

とうもろこしをもらった。
「生でも食べられる」
と言われたが、茹で方を教わって持って帰った。

で、試しに生で食べたらうまかった。

結局、切って冷蔵庫に入れておいたのだが
みんな生で食べてしまった。
うまかったからいいけどね。
  


Posted by 伽藍座長 at 20:10Comments(0)日記

2009年07月09日

台本のネタ・・・体験篇

以前、コメントに書いてありました「台本のネタ」について。
想像なのか?実体験なのか?

実体験そのままってのは、ほとんど無いです。

例えば、今回のお話「捕われのマルガリータ」はシチュエーションや、登場人物のエピソードとか、ほとんどは未経験の話ですし、誰かに聞いた話でもありません。想像です。
「こんなシチュエーションにこんな人たちが居合わせたらどうなんだろう?」という想像から出発しています。

他のお話では、自分の実体験や、誰かの話をネタにすることはありますが、それも「お話の取っ掛かり部分だけ」とか、「どこかのエピソード部分だけ」とかの使い方です。

悲しかったり辛かったりという体験をしたとき
「これをネタに台本書けるかも」
なんて思うこともありますが、それをそのまま書いても、ただの体験談になるだけですし。
その時に勢いで書いてしまったものは
深夜に書いたラヴレターみたいなもので
あとで読み返すと、他人に見せられたものじゃない。

体験したことが
一段落して
熟成して
で、何かの拍子に
あるいは、何かの本を書いているときに
ふっと思い出して
その時書いている本に入り込む
影響を与える。
というのが、最も多いです。

だから、「本を書くぞ」と思ってから、いろんな事を体験しようとか思っても
どうも消化不良のまま文字にしている感覚になってしまいます。
いかに普段生きているか?が問われてしまうのですね。

「どうやったら本が書けますか?」
と問うてくる高校生によく言うんですが

好きな芝居や本や音楽を聴くこと
これは、自分を豊かにしてくれるから大いに取り込むことはいいことだ。
だけど、そればかりで「本を書こう」とすると、それは
「好きなもののコピー」になってしまう。
だって、共感してしまうわけだし、好きだから、その要素は全部取り込みたくなってしまうわけだから
ひょっとしたら
好きな作家やミュージシャンを越えられるのであれば
それをすれば良いと思うが、なかなかそういう人もまれなわけです。

だから、時々自分が苦手な芝居や本を読んでみる。
チープなドラマを見る。
そうすると
「自分だったらこうするのに」
と思うことが多くなる。
その時、自分に「書けるもの」が生まれる。

自分の好きなものによって、豊かになった自分の感性を持って
自分とは違う表現に刺激を受ける事で
自分のオリジナルな表現が生まれる。

そう思って、
好き嫌いがあっても、いろんな舞台や表現活動に触れるようにしている。
「あたり」が出れば、KEEPして
「はずれ」が出れば、反面教師にして

うまくまとめると
「実体験によって耕された畑で育った想像力を使って本を書いている」
ってとこですかね。  


Posted by 伽藍座長 at 00:18Comments(0)日記