2010年12月31日
大晦日
昨日、私の家の一階ではストフェス忘年会が催され、今月二本目のビールをいただきました。
その後は何本飲んだことか?何種類かのワインと最後は黒糖梅酒を。
しかし、二日酔いにはなってないぞ。
久しぶりに使ったわりにはいい仕事してる、俺の肝臓。
さて
今年を振り返りきる前に
今年ももう終わりです。
自分にとって大変革の一年が終わります。
来年も変革は続きそうです。
来年もよい年でありますように。
その後は何本飲んだことか?何種類かのワインと最後は黒糖梅酒を。
しかし、二日酔いにはなってないぞ。
久しぶりに使ったわりにはいい仕事してる、俺の肝臓。
さて
今年を振り返りきる前に
今年ももう終わりです。
自分にとって大変革の一年が終わります。
来年も変革は続きそうです。
来年もよい年でありますように。
2010年12月29日
県民劇団
稽古場を閉めた後の夏、旅に出る金もなかった私は、静岡でやはり芝居を作っていた。
SPACで公募した「県民劇団」に企画を出し、野外劇場で公演。
また一つ劇団を立ち上げた形になりました。
公演は、まぁ急造の集団にしてはうまくまとまりました。というところです。
年齢層も広く、居住地も広範囲となれば、今後の継続的な活動も悩みどころとなります。
とか言ってますが、自分の中では大体の方向性はあります。企画書にも書きましたし。
SPACは覚えてるかなぁ・・・
今年を振り返ってこの集団「がくらく座」が作れたことは、今後も静岡で芝居を続けていく上ではプラスになることと思います。
今後も、SPACと反発したり小競り合いしながらも、前に進んで行きたいものです。
簡単すぎる?
本気で振り返るとえらく長文になりそうだから。
これキッカケに、演劇やる人が増えて、観る人が増えてくれれば、
っていつも言ってることです。それをここでもやったということで。
「クオリティーがいまいち」
という意見もありますが、じゃあ、どこまで上げればOKなの?
素人役者は大きな舞台に立ってはいけないの?
だったら
「集まってきた役者希望者は、みんな引き取って舞台に上げてください」
なんて注文出さないで下さいね。
ところで、役者の上手い下手ってどこで見ますか?
私は「やわらかい心」を見ます。
SPACで公募した「県民劇団」に企画を出し、野外劇場で公演。
また一つ劇団を立ち上げた形になりました。
公演は、まぁ急造の集団にしてはうまくまとまりました。というところです。
年齢層も広く、居住地も広範囲となれば、今後の継続的な活動も悩みどころとなります。
とか言ってますが、自分の中では大体の方向性はあります。企画書にも書きましたし。
SPACは覚えてるかなぁ・・・
今年を振り返ってこの集団「がくらく座」が作れたことは、今後も静岡で芝居を続けていく上ではプラスになることと思います。
今後も、SPACと反発したり小競り合いしながらも、前に進んで行きたいものです。
簡単すぎる?
本気で振り返るとえらく長文になりそうだから。
これキッカケに、演劇やる人が増えて、観る人が増えてくれれば、
っていつも言ってることです。それをここでもやったということで。
「クオリティーがいまいち」
という意見もありますが、じゃあ、どこまで上げればOKなの?
素人役者は大きな舞台に立ってはいけないの?
だったら
「集まってきた役者希望者は、みんな引き取って舞台に上げてください」
なんて注文出さないで下さいね。
ところで、役者の上手い下手ってどこで見ますか?
私は「やわらかい心」を見ます。
2010年12月28日
最後の本公演
2010年年明け。
6月に予定していた公演が鷹匠での最後の本公演になると思いながら(自分の中だけでしたが)、上演台本を決めることになりました。
その時候補に上げてたのが「浜辺の猿」と「箱舟」。
どちらも再演したい演目でした。
当時の人数からいったら「箱舟」でしたが、鷹匠の最後らしい作品としては「浜辺の猿」。
そこで、今まで参加してきた人にも広く声をかけて「浜辺の猿」を上演することにしました。
「本公演」と銘打つのは、「私の作品をそれなりの時間をかけて劇団員で上演する」というような定義だったかな。
鷹匠で活動を続けていく中で「劇団」という形をとったのは
「稽古場の維持」が目的でした。ここで継続的に活動を続けるため。
なので、誰が劇団員?といわれたら
「稽古場維持費を払っている人」
という条件になるのでした。
しかし、劇団員にも生活があり、結婚・出産・転勤などで活動できなくなりますよね。
新しい劇団員がそうそう都合よく入ってくるわけでもないし。
しかし巷には「かつて演劇活動をしていたが、今は辞めてる」「所属劇団の活動が休止状態」「所属劇団の活動拠点が県西部のため続けるのが難しい」などの演劇人がちらほらいたわけです。
そこで、上記の条件を提示して声をかけていくのでした。
「稽古場維持費を払っていてくれれば劇団員」
これにより、稽古場を出入りする人を増やしたんですね。
ここで「劇団とは?」という話をすると今の自分では定義しにくいのでしません。
「理想とする劇団」を作ることよりも、目の前の
「稽古場を維持するための集団」を作ることが先決だったのです。
しかし、この方向はそれほど無理やりでもなかったと思っています。
静岡で演劇をするには
仕事をしながら続ける人が多いわけです。
家庭の事情、仕事の事情があるわけです。
その中で続けていくわけです。
「理想とする劇団」が
「理想とする演劇を体現できる集団」でありたいのは確かです。
しかし
「生活しながら、仕事しながら、それでも演劇を続けていく集団」でありたいのも確かです。
両方重視したいです。これからも。
話を本公演に戻します。
6月の公演を最後の本公演にする、と劇団員に発表し、広報もしますと
「最後」ということで気合が入ります。
「最後でなくても気合入れろよ」という突っ込みもありましょうが、
そう思いながらも「最後だから」という気合の入り方しますよね。
この前後に「春なのに」「ちどりあし公演」「ひまたく公演」「UNIT LIVE FINAL×CLOSE」と、久しぶりに賑やかな稽古場となるのです。
常時このくらい賑わっていれば状況も変わったかもしれないなぁ・・・と思いながら。
本公演はうまく出来た方だと思います。
ある意味「集大成」なわけですから、それなりのものができてないと困りますからね。
しかし逆に
「ここまでだったか」という想いも沸きますよね。
「次へ繋がる」と思えた部分が見えたということは
「次も出来る」ということと
「もうちょっとやれば今回出来たかもしれない」という想いが沸きますよね。
しかしもし
「やりきった」という想いで一杯になれたのなら
稽古場の閉鎖と共に、私の演劇人生も終わるわけですから。
もう何も思い残すことはない。余生は何をして過ごそうか。って話になるわけです。
舞台はいつでもなまもの。
生物。
(時々私が理系出身であることを驚かれますが詳しく言えば「理学部生物学科卒」です。失礼。)
「なまもの」ですから、同じ作品を別の機会に上演すればまた新しい発見や成長が見つかるのです。
「浜辺の猿」はやはりまたいつか再演したい作品です。
今回は、鷹匠最後の本公演に相応しい「本」だったと思います。
観逃した方は、またいつか上演するのをお待ちください。
観た方は、またいつか上演する時、また違った自分を発見できるかもしれません。お楽しみに。
(この「自分」は私って事ではなくて、「あなた」ってことですよ。)
さて、文章の構成も何も考えずに長文書き始めるとこんなに収拾つかなくなりますね。
いいでしょう。このまま徒然に今年を振り返って行きますよ。
つづく。
6月に予定していた公演が鷹匠での最後の本公演になると思いながら(自分の中だけでしたが)、上演台本を決めることになりました。
その時候補に上げてたのが「浜辺の猿」と「箱舟」。
どちらも再演したい演目でした。
当時の人数からいったら「箱舟」でしたが、鷹匠の最後らしい作品としては「浜辺の猿」。
そこで、今まで参加してきた人にも広く声をかけて「浜辺の猿」を上演することにしました。
「本公演」と銘打つのは、「私の作品をそれなりの時間をかけて劇団員で上演する」というような定義だったかな。
鷹匠で活動を続けていく中で「劇団」という形をとったのは
「稽古場の維持」が目的でした。ここで継続的に活動を続けるため。
なので、誰が劇団員?といわれたら
「稽古場維持費を払っている人」
という条件になるのでした。
しかし、劇団員にも生活があり、結婚・出産・転勤などで活動できなくなりますよね。
新しい劇団員がそうそう都合よく入ってくるわけでもないし。
しかし巷には「かつて演劇活動をしていたが、今は辞めてる」「所属劇団の活動が休止状態」「所属劇団の活動拠点が県西部のため続けるのが難しい」などの演劇人がちらほらいたわけです。
そこで、上記の条件を提示して声をかけていくのでした。
「稽古場維持費を払っていてくれれば劇団員」
これにより、稽古場を出入りする人を増やしたんですね。
ここで「劇団とは?」という話をすると今の自分では定義しにくいのでしません。
「理想とする劇団」を作ることよりも、目の前の
「稽古場を維持するための集団」を作ることが先決だったのです。
しかし、この方向はそれほど無理やりでもなかったと思っています。
静岡で演劇をするには
仕事をしながら続ける人が多いわけです。
家庭の事情、仕事の事情があるわけです。
その中で続けていくわけです。
「理想とする劇団」が
「理想とする演劇を体現できる集団」でありたいのは確かです。
しかし
「生活しながら、仕事しながら、それでも演劇を続けていく集団」でありたいのも確かです。
両方重視したいです。これからも。
話を本公演に戻します。
6月の公演を最後の本公演にする、と劇団員に発表し、広報もしますと
「最後」ということで気合が入ります。
「最後でなくても気合入れろよ」という突っ込みもありましょうが、
そう思いながらも「最後だから」という気合の入り方しますよね。
この前後に「春なのに」「ちどりあし公演」「ひまたく公演」「UNIT LIVE FINAL×CLOSE」と、久しぶりに賑やかな稽古場となるのです。
常時このくらい賑わっていれば状況も変わったかもしれないなぁ・・・と思いながら。
本公演はうまく出来た方だと思います。
ある意味「集大成」なわけですから、それなりのものができてないと困りますからね。
しかし逆に
「ここまでだったか」という想いも沸きますよね。
「次へ繋がる」と思えた部分が見えたということは
「次も出来る」ということと
「もうちょっとやれば今回出来たかもしれない」という想いが沸きますよね。
しかしもし
「やりきった」という想いで一杯になれたのなら
稽古場の閉鎖と共に、私の演劇人生も終わるわけですから。
もう何も思い残すことはない。余生は何をして過ごそうか。って話になるわけです。
舞台はいつでもなまもの。
生物。
(時々私が理系出身であることを驚かれますが詳しく言えば「理学部生物学科卒」です。失礼。)
「なまもの」ですから、同じ作品を別の機会に上演すればまた新しい発見や成長が見つかるのです。
「浜辺の猿」はやはりまたいつか再演したい作品です。
今回は、鷹匠最後の本公演に相応しい「本」だったと思います。
観逃した方は、またいつか上演するのをお待ちください。
観た方は、またいつか上演する時、また違った自分を発見できるかもしれません。お楽しみに。
(この「自分」は私って事ではなくて、「あなた」ってことですよ。)
さて、文章の構成も何も考えずに長文書き始めるとこんなに収拾つかなくなりますね。
いいでしょう。このまま徒然に今年を振り返って行きますよ。
つづく。
2010年12月27日
続・稽古場の話
そんなわけで、2010年を迎えました。
1月から毎週金曜日に芝居をやってみました。
ハガキの最後の一行を気にしてくれる人もいましたが、集客はいまいち。
途中から、集客よりも芝居内容にどんどんとエネルギーを配分するようになっていきました。
そのせいか、この時上演した「ドンキホーテ」では自分の身体のさらなる可能性を見出し
「リア王」では自分でも説明しようの無い感覚での舞台になりました。
多分、あの「リア王」があったから、その後の「ギャラリーとりこ」での試みが出来たのだと思い返しています。
さて、淡い期待は消え去り、同時期に旅に出た公演先のほうが集客が良かったという事実から当然のように
「ここではないどこかへ出よう」
という想いが大きくなるわけです。
決心をつけ、公表することにしました。
2月に劇団員に
3月にHP上とメールで
「6月の本公演『浜辺の猿』後、稽古場を閉めます」
「閉めてどうする?」という質問に
「帰ってきた敷金を元手に旅に出る」などと答えていましたが
この時期に、前年断った企画の再募集を目にするのです。それが
「SPAC県民劇団」
企画書を作り提出。3月頭には早々に返事が来て始動することになりました。
「ここではないどこかへ」
休んでなどいられない。
(と、カッコよく書きましたが、戻ってきた敷金はそれまでの借金の返済でほぼなくなってしまいました。一時的に見たことない数字が通帳に記載されましたが、一瞬でした。「旅へなど行く資金はなかった」ということです。そんなもんですよ、現実の世の中は。)
さて、稽古場を閉めた後、あの荷物をどうする?という問題が。
自宅に引き取るにしても当時住んでた1Kのアパートに入るわけは無く。どこかに倉庫を借りるにもそこそこお金はかかる。かなりの物を捨てても、芝居を何らかの形で続けていく以上捨てない方がよいものもある。
と、いうわけで
「自宅を、荷物を置ける広いところに引っ越そう」
となるわけです。
広くても、家賃は「稽古場とそれまでの自宅アパートの家賃を足して2で割ったくらい」を上限に探すことに。
途中は飛ばして・・・
で、一階に土間、二階に部屋のある現在の住居に引っ越すことになったのです。
引っ越した当時は荷物で土間に人は入れなかったのですが、引越し後も荷物整理し大量に捨て、
今ではちょっとした稽古が出来るスペースを確保することができました。
この季節になって思います。
「風呂付の住居」「温水の出る蛇口」の何とありがたいことか。
一つ難点を言えば、
部屋が広くなったので、ストーブで部屋が暖まるのに今までより時間がかかる
ってことくらいでしょうか。
さあ、稽古場から話が離れてしまったので仕切りなおそうと思います。
つづく。
1月から毎週金曜日に芝居をやってみました。
ハガキの最後の一行を気にしてくれる人もいましたが、集客はいまいち。
途中から、集客よりも芝居内容にどんどんとエネルギーを配分するようになっていきました。
そのせいか、この時上演した「ドンキホーテ」では自分の身体のさらなる可能性を見出し
「リア王」では自分でも説明しようの無い感覚での舞台になりました。
多分、あの「リア王」があったから、その後の「ギャラリーとりこ」での試みが出来たのだと思い返しています。
さて、淡い期待は消え去り、同時期に旅に出た公演先のほうが集客が良かったという事実から当然のように
「ここではないどこかへ出よう」
という想いが大きくなるわけです。
決心をつけ、公表することにしました。
2月に劇団員に
3月にHP上とメールで
「6月の本公演『浜辺の猿』後、稽古場を閉めます」
「閉めてどうする?」という質問に
「帰ってきた敷金を元手に旅に出る」などと答えていましたが
この時期に、前年断った企画の再募集を目にするのです。それが
「SPAC県民劇団」
企画書を作り提出。3月頭には早々に返事が来て始動することになりました。
「ここではないどこかへ」
休んでなどいられない。
(と、カッコよく書きましたが、戻ってきた敷金はそれまでの借金の返済でほぼなくなってしまいました。一時的に見たことない数字が通帳に記載されましたが、一瞬でした。「旅へなど行く資金はなかった」ということです。そんなもんですよ、現実の世の中は。)
さて、稽古場を閉めた後、あの荷物をどうする?という問題が。
自宅に引き取るにしても当時住んでた1Kのアパートに入るわけは無く。どこかに倉庫を借りるにもそこそこお金はかかる。かなりの物を捨てても、芝居を何らかの形で続けていく以上捨てない方がよいものもある。
と、いうわけで
「自宅を、荷物を置ける広いところに引っ越そう」
となるわけです。
広くても、家賃は「稽古場とそれまでの自宅アパートの家賃を足して2で割ったくらい」を上限に探すことに。
途中は飛ばして・・・
で、一階に土間、二階に部屋のある現在の住居に引っ越すことになったのです。
引っ越した当時は荷物で土間に人は入れなかったのですが、引越し後も荷物整理し大量に捨て、
今ではちょっとした稽古が出来るスペースを確保することができました。
この季節になって思います。
「風呂付の住居」「温水の出る蛇口」の何とありがたいことか。
一つ難点を言えば、
部屋が広くなったので、ストーブで部屋が暖まるのに今までより時間がかかる
ってことくらいでしょうか。
さあ、稽古場から話が離れてしまったので仕切りなおそうと思います。
つづく。
2010年12月26日
稽古場を閉めるにあたって
さて、鷹匠稽古場の話をしよう。
12年やってきた中で「閉めよう」と思ったことは何度もありました。
それこそ毎年のように。
でも最終的に「ほんとに閉めよう」と思い始めた時を探ると
昨年の10月22日だったように思う。
この日、凹むことがあった。
傍から見ればそれほど重大なことではなかったのかもしれないが、その時の自分にはかなり効いた。
内容はおいといて。
何で自分は「稽古場を持つ」というリスクを背負っているんだろう?
大してメリット無いんじゃないか?
そもそも自分が思っているほど必要とされてるわけじゃなく、だったらただ「自分稽古場を持っている」というだけの自己満足のためじゃないのか?
次の日誰かに相談することにした。
・・・相談相手がいない。
あ、いた。
ということでM氏と呑みに。
そこでいろいろ話をしたら、少し気分が楽になり
「稽古場」に執着する必要が無い、と自分の気持ちに整理が付いた。
気持ちの整理がついただけだ。
だって実際、帰り際のM氏は「で、閉めるんですか?」という半信半疑な薄笑いを浮かべていた気がする。
もう一人相談相手がいた。
20年以上付き合いのあるK社長だ。一時期K社長の会社で数少ない正社員をさせていただいてました。
K社長も
「だったらリスタートすればいいんじゃないか」
という意見だった。
年末に向け、自分の気持ちが固まりだした。
ここで、何故かS君にだけは「閉める」という話をした。
何でだろう。
多分、稽古場を閉めたとき、一番本気で残念がる人間じゃないか、と思ったからだろう。
この年、「佐藤がかなり本気で稽古場を閉めることを考えている」と知っていたのは上記の三人だった。
が、私はちょっとだけ迷っていた。
稽古場を持つ事で得られるメリットの一つ
「自分の好きなときに稽古と公演がいくらでも出来る」
これをもう一度実感したかったのだ。
そしてそれは必要とされてることなんじゃないか?と淡い期待を抱きながら。
そこで、年明け可能な限り毎週公演をうつことにする。
それが「金曜座長劇場」であった。
「もうすぐ閉めるから来て」「これでお客がたくさん来たら閉めるのやめるから」という宣伝の仕方もチラッと頭をかすめるが、あえてせず。
とはいえ、12月に決めた企画ゆえ広報期間もないため、珍しく年賀状の形で公演のお知らせを送る。
年賀状原稿を見返してみると、そこにはこんな一文があった。
「ここもいつまで維持していけるかわかりませんので、今のうちに是非足をお運びください。」
いつまでも
あると思うな
親と金
と稽古場
(思いっきり字余り)
こうして2010年を迎えたのでありました。
つづく。
12年やってきた中で「閉めよう」と思ったことは何度もありました。
それこそ毎年のように。
でも最終的に「ほんとに閉めよう」と思い始めた時を探ると
昨年の10月22日だったように思う。
この日、凹むことがあった。
傍から見ればそれほど重大なことではなかったのかもしれないが、その時の自分にはかなり効いた。
内容はおいといて。
何で自分は「稽古場を持つ」というリスクを背負っているんだろう?
大してメリット無いんじゃないか?
そもそも自分が思っているほど必要とされてるわけじゃなく、だったらただ「自分稽古場を持っている」というだけの自己満足のためじゃないのか?
次の日誰かに相談することにした。
・・・相談相手がいない。
あ、いた。
ということでM氏と呑みに。
そこでいろいろ話をしたら、少し気分が楽になり
「稽古場」に執着する必要が無い、と自分の気持ちに整理が付いた。
気持ちの整理がついただけだ。
だって実際、帰り際のM氏は「で、閉めるんですか?」という半信半疑な薄笑いを浮かべていた気がする。
もう一人相談相手がいた。
20年以上付き合いのあるK社長だ。一時期K社長の会社で数少ない正社員をさせていただいてました。
K社長も
「だったらリスタートすればいいんじゃないか」
という意見だった。
年末に向け、自分の気持ちが固まりだした。
ここで、何故かS君にだけは「閉める」という話をした。
何でだろう。
多分、稽古場を閉めたとき、一番本気で残念がる人間じゃないか、と思ったからだろう。
この年、「佐藤がかなり本気で稽古場を閉めることを考えている」と知っていたのは上記の三人だった。
が、私はちょっとだけ迷っていた。
稽古場を持つ事で得られるメリットの一つ
「自分の好きなときに稽古と公演がいくらでも出来る」
これをもう一度実感したかったのだ。
そしてそれは必要とされてることなんじゃないか?と淡い期待を抱きながら。
そこで、年明け可能な限り毎週公演をうつことにする。
それが「金曜座長劇場」であった。
「もうすぐ閉めるから来て」「これでお客がたくさん来たら閉めるのやめるから」という宣伝の仕方もチラッと頭をかすめるが、あえてせず。
とはいえ、12月に決めた企画ゆえ広報期間もないため、珍しく年賀状の形で公演のお知らせを送る。
年賀状原稿を見返してみると、そこにはこんな一文があった。
「ここもいつまで維持していけるかわかりませんので、今のうちに是非足をお運びください。」
いつまでも
あると思うな
親と金
と稽古場
(思いっきり字余り)
こうして2010年を迎えたのでありました。
つづく。
2010年12月25日
今年を振り返る
もう、今年もあと一週間なので今年を振り返っていくことにする。
ところで、「ゲゲゲの~」って今年そんなに流行ったんですかね?
「今年は目立って流行した言葉が無かった」とはいえ、「ゲゲゲの~」ってあんた安易過ぎませんかね。NHKだから?
「流行語」の定義がどうなってしまったんでしょうか?
私の基準では「使ってこその、流行語」だと思うのですが。
「ゲゲゲの~」、使ってないでしょ。
使ってるって意味では
「なう」「整いました」の方が3000倍使われていたと思います。
(私は使わなかったけど。あ、一回だけメールで「こういうのを最近の若い人は『新幹線なう』って使うのかな?」って使ったか。)
「ゲゲゲの~」については今年二回、ギャラリーとりこにて、水差しで「ゲゲゲの鬼太郎」を演奏したなぁ。
自分に関しては、こっちの方が使ってるのか?
まあ、今更流行語大賞の話をしてどうする。
さて、今年の自分の十大ニュース候補を挙げてみよう。
「鷹匠の稽古場を閉めた」
「SPACで県民劇団を立ち上げた」
「自宅を引っ越した」
「告白してふられた」
「8週連続金曜に一人芝居を続けた」
「通帳残高が十数年ぶりにン十万円に届いた」
「二日続けて葬儀に参列した」
「12月の飲酒量がいまだにビール一本だ」
「昼のバイトをストライキ」
「毎月ギャラリーで即興公演」
これで10個か。
どうでもいいものもいくつか含まれましたが。
結局一番大きかったのは一番初めに書いた事で
それに関連するニュースが実はたくさんあったのだが
わざわざ挙げなかったので、どうでもいいものも入っちゃったんだね。
じゃあ、鷹匠の稽古場の話を中心に振り返ってみるか。
明日から。
とりあえず、どうでもいいやつ一個。
忘年会シーズンの12月に酒を飲んでいないのは、体調が悪いからではなく忘年会がないからです。
予定では来週一件。
一本だけ飲んだビールも、知り合いの店行った時に「生ビールやめて、試しに瓶ビールにしてみた」というので味見にドイツビールを飲んでみただけである。
先月はやたら飲んだ気がするから、その反動もあるんだろう。
夜寒いから出歩かなくなったこともあるか。
いやいや、家飲みも最近めっきり減りましたよ。
今日家で飲んだものは
珈琲三杯、レモンティー三杯、味噌汁一杯、お茶漬け一杯、カレー一杯
話がどうでもいい方向に行ってしまいそうだ。
この辺でやめとくか。
おやすみなさい。
そうそう、ウガンダさんの名言で「カレーは飲み物だ」というのがあるが
確かにカレー食べてる時って、あんまり噛まずに食べちゃうんだよね。
ところで、「ゲゲゲの~」って今年そんなに流行ったんですかね?
「今年は目立って流行した言葉が無かった」とはいえ、「ゲゲゲの~」ってあんた安易過ぎませんかね。NHKだから?
「流行語」の定義がどうなってしまったんでしょうか?
私の基準では「使ってこその、流行語」だと思うのですが。
「ゲゲゲの~」、使ってないでしょ。
使ってるって意味では
「なう」「整いました」の方が3000倍使われていたと思います。
(私は使わなかったけど。あ、一回だけメールで「こういうのを最近の若い人は『新幹線なう』って使うのかな?」って使ったか。)
「ゲゲゲの~」については今年二回、ギャラリーとりこにて、水差しで「ゲゲゲの鬼太郎」を演奏したなぁ。
自分に関しては、こっちの方が使ってるのか?
まあ、今更流行語大賞の話をしてどうする。
さて、今年の自分の十大ニュース候補を挙げてみよう。
「鷹匠の稽古場を閉めた」
「SPACで県民劇団を立ち上げた」
「自宅を引っ越した」
「告白してふられた」
「8週連続金曜に一人芝居を続けた」
「通帳残高が十数年ぶりにン十万円に届いた」
「二日続けて葬儀に参列した」
「12月の飲酒量がいまだにビール一本だ」
「昼のバイトをストライキ」
「毎月ギャラリーで即興公演」
これで10個か。
どうでもいいものもいくつか含まれましたが。
結局一番大きかったのは一番初めに書いた事で
それに関連するニュースが実はたくさんあったのだが
わざわざ挙げなかったので、どうでもいいものも入っちゃったんだね。
じゃあ、鷹匠の稽古場の話を中心に振り返ってみるか。
明日から。
とりあえず、どうでもいいやつ一個。
忘年会シーズンの12月に酒を飲んでいないのは、体調が悪いからではなく忘年会がないからです。
予定では来週一件。
一本だけ飲んだビールも、知り合いの店行った時に「生ビールやめて、試しに瓶ビールにしてみた」というので味見にドイツビールを飲んでみただけである。
先月はやたら飲んだ気がするから、その反動もあるんだろう。
夜寒いから出歩かなくなったこともあるか。
いやいや、家飲みも最近めっきり減りましたよ。
今日家で飲んだものは
珈琲三杯、レモンティー三杯、味噌汁一杯、お茶漬け一杯、カレー一杯
話がどうでもいい方向に行ってしまいそうだ。
この辺でやめとくか。
おやすみなさい。
そうそう、ウガンダさんの名言で「カレーは飲み物だ」というのがあるが
確かにカレー食べてる時って、あんまり噛まずに食べちゃうんだよね。
2010年12月24日
寒いです
今日は寒いです。
クリスマスイブです。明日はキリストの誕生日です。昨日は天皇陛下の誕生日でした。
実は陛下は24日深夜に誕生したが、宗教的理由で一日繰り上げた。
なんてことは無いですよね。・・・無いですね、失礼しました。
今日は何故か役者たちみんな予定が無いということなので、
稽古にしました。
しかし、寒いなぁ。
風邪ひかないように。
クリスマスイブです。明日はキリストの誕生日です。昨日は天皇陛下の誕生日でした。
実は陛下は24日深夜に誕生したが、宗教的理由で一日繰り上げた。
なんてことは無いですよね。・・・無いですね、失礼しました。
今日は何故か役者たちみんな予定が無いということなので、
稽古にしました。
しかし、寒いなぁ。
風邪ひかないように。
2010年12月24日
昼と夜の間に
最近、ちょっと気を抜くと生活が「夜型」になってしまう。
「昼型」にした方が、外出中に眠くならないからいいはずなんだが、「夜型」に。
試しに寝る時間をずらしてみたのだが、さらに時間がずれていき・・・
原因は
「やらなければいけないこと」と「睡眠欲」との葛藤。
「葛藤」
台本書く時
役者やる時
演出する時
「葛藤」
はとても大事なキーワード。
昨日、高校生の講習会でもそんなことしました。
「恋心」と「理性」が葛藤する役を演じる役者。
わかりやすく「恋心担当」と「理性担当」の二人をつけて
セリフに合わせて彼の身体を引き合う。
これは三人の息が合わないとなかなか難しいんですが、
とりあえず、役者は身体を物理的に引き裂かれながら、
葛藤に引き裂かれる役を演じました。
障害の多い恋をしている男女の逢引のシーン。
彼らには、「障害担当」が付きました。
自分より身体の大きい「障害担当」者に全力で捕まられた役者は
それでも必死に愛を叫びます。
ぞくぞくしました。
いやぁ、いいもの見せてもらったな。
って、文章だけじゃわかりづらいですよね。
最近は、「心情」から創るより、「身体」からアプローチして創ることが多い気がします。
スタニスラフスキーを意識してるわけじゃないですけど。(意識してる?)
いろいろ現場でやっていった経験から、こういったアプローチの仕方のほうが実感しやすい気がするから。
実感しやすいということは、再現しやすいということ。(全くのコピーはつまんないけどね。)
何書いてるんだ?
「わかる」「しやすい」という単語が出てきているわりに「わかりづらい」ぞ。
頭の回転が鈍くなってきた。
眠くなってきた。
お!これはチャンス!
葛藤せずに寝ます。
おやすみなさい。
「昼型」にした方が、外出中に眠くならないからいいはずなんだが、「夜型」に。
試しに寝る時間をずらしてみたのだが、さらに時間がずれていき・・・
原因は
「やらなければいけないこと」と「睡眠欲」との葛藤。
「葛藤」
台本書く時
役者やる時
演出する時
「葛藤」
はとても大事なキーワード。
昨日、高校生の講習会でもそんなことしました。
「恋心」と「理性」が葛藤する役を演じる役者。
わかりやすく「恋心担当」と「理性担当」の二人をつけて
セリフに合わせて彼の身体を引き合う。
これは三人の息が合わないとなかなか難しいんですが、
とりあえず、役者は身体を物理的に引き裂かれながら、
葛藤に引き裂かれる役を演じました。
障害の多い恋をしている男女の逢引のシーン。
彼らには、「障害担当」が付きました。
自分より身体の大きい「障害担当」者に全力で捕まられた役者は
それでも必死に愛を叫びます。
ぞくぞくしました。
いやぁ、いいもの見せてもらったな。
って、文章だけじゃわかりづらいですよね。
最近は、「心情」から創るより、「身体」からアプローチして創ることが多い気がします。
スタニスラフスキーを意識してるわけじゃないですけど。(意識してる?)
いろいろ現場でやっていった経験から、こういったアプローチの仕方のほうが実感しやすい気がするから。
実感しやすいということは、再現しやすいということ。(全くのコピーはつまんないけどね。)
何書いてるんだ?
「わかる」「しやすい」という単語が出てきているわりに「わかりづらい」ぞ。
頭の回転が鈍くなってきた。
眠くなってきた。
お!これはチャンス!
葛藤せずに寝ます。
おやすみなさい。
2010年12月22日
高校演劇
昨日、今日と磐田に行ってきました。
磐田の高校生と一緒に舞台を創る季節がやってきました。
今回は来年3月26日(土)昼に磐田市民文化会館大ホールの予定。
演目は9月に日本平でやった「こだまがきこえる杜」を手直しして上演します。
今年は磐田東・西・南の三校で30人を越えているため、配役に頭を悩ましてます。
昨日・今日と台本の一部を使って皆さんにいろいろとやってもらいました。
「今、このくらい出来るんだな。」ということを把握する意味でやりはするのですが相手は高校生ですから
「今から三ヶ月でこのくらい伸びるよな」ということも彼らから感じ取らなければいけないのです。
大変ですが
伸び盛りの演劇人と一緒に舞台を創るのは
とても刺激的で、楽しいですね。
そんな刺激を受けつつ
台本の手直しが、私の正月休みの宿題になりました。
あれもこれもやりたくなって困るなぁ・・・
磐田の高校生と一緒に舞台を創る季節がやってきました。
今回は来年3月26日(土)昼に磐田市民文化会館大ホールの予定。
演目は9月に日本平でやった「こだまがきこえる杜」を手直しして上演します。
今年は磐田東・西・南の三校で30人を越えているため、配役に頭を悩ましてます。
昨日・今日と台本の一部を使って皆さんにいろいろとやってもらいました。
「今、このくらい出来るんだな。」ということを把握する意味でやりはするのですが相手は高校生ですから
「今から三ヶ月でこのくらい伸びるよな」ということも彼らから感じ取らなければいけないのです。
大変ですが
伸び盛りの演劇人と一緒に舞台を創るのは
とても刺激的で、楽しいですね。
そんな刺激を受けつつ
台本の手直しが、私の正月休みの宿題になりました。
あれもこれもやりたくなって困るなぁ・・・
2010年12月20日
台本の直し
自分の書いた台本を再演する際
台本を直すことがある。
現在、2月の演劇カタログで再演予定の「箱舟」の稽古をしています。
この台本を現場で直しています。
主に会話のやりとりでスムーズに行かないところを直します。
直すというか「カット」してます。
「カット」するということは余分な会話やセリフが多いってことですね。
余分な会話と思うところは
会話の中の合いの手的な部分です。
合いの手は、どちらかというと重くなりがちな空気を少し軽くする、空気を少し抜くなどの効果として使っています。だから時々ちょっとだけ横道にそれたりします。
初演の時は横道にそれながら会話がすすむ、という流れでした。
ところが今回、そこが気になり始めたのは、
その合いの手を入れる担当の役に、いろいろと人物背景を背負わせていったところ、
「合いの手入れてる場合じゃないな」
ってことになったのです。
心理状態はそんな余裕ないのに、横道にそれる。そこが今回の「合いの手」の違和感。
今回は、「登場人物にいろんな事を背負わせる」という課題で再演に臨んだため、それが部分的に会話の流れを滞らせ違和感を生じ、その違和感をなくすために、手直ししています。
誤解無いように言っておくと
違和感が出ること自体をいけないといっているわけではありません。
今回も別の部分では、わざと違和感を出す方向で創ってます。
もう一本、9月にやった「こだまがきこえる杜」再演のために、こちらも手直しを始めました。
こちらは3月予定。ってもうすぐじゃん。
どういう方向に手直しするか?は年内最後の課題です。
台本を直すことがある。
現在、2月の演劇カタログで再演予定の「箱舟」の稽古をしています。
この台本を現場で直しています。
主に会話のやりとりでスムーズに行かないところを直します。
直すというか「カット」してます。
「カット」するということは余分な会話やセリフが多いってことですね。
余分な会話と思うところは
会話の中の合いの手的な部分です。
合いの手は、どちらかというと重くなりがちな空気を少し軽くする、空気を少し抜くなどの効果として使っています。だから時々ちょっとだけ横道にそれたりします。
初演の時は横道にそれながら会話がすすむ、という流れでした。
ところが今回、そこが気になり始めたのは、
その合いの手を入れる担当の役に、いろいろと人物背景を背負わせていったところ、
「合いの手入れてる場合じゃないな」
ってことになったのです。
心理状態はそんな余裕ないのに、横道にそれる。そこが今回の「合いの手」の違和感。
今回は、「登場人物にいろんな事を背負わせる」という課題で再演に臨んだため、それが部分的に会話の流れを滞らせ違和感を生じ、その違和感をなくすために、手直ししています。
誤解無いように言っておくと
違和感が出ること自体をいけないといっているわけではありません。
今回も別の部分では、わざと違和感を出す方向で創ってます。
もう一本、9月にやった「こだまがきこえる杜」再演のために、こちらも手直しを始めました。
こちらは3月予定。ってもうすぐじゃん。
どういう方向に手直しするか?は年内最後の課題です。
2010年12月20日
忙しいのか?
外出先で知り合いに会うと
「今日は忙しくないんですか?」とか、「次は何ですか?」
と、よく聞かれる。
それだけ、あれやこれやと休み無くやっているように見えるのだろうか。
実際、休む間も無く次々とやっていますが。
休む間はあまり無いですが
ひとつの舞台にかかりっきりになっているより
外出でもして見聞を広げてる方が、
これから創る舞台にプラスに働く
と思うのです。
だから、忙しすぎて、稽古場などに、こもりっきりになってるよりも
忙しい合間を縫って、外出している方が
広がりのある作品が創れる
気がします。
っていうかね。
外出しないと
自分の殻に閉じこもりすぎて
ダメな人になってしまいそうなんだよ。
今日みたいに、他人の舞台を観にいける余裕がほしい。
明日も他人の舞台観に行ってきます。
「今日は忙しくないんですか?」とか、「次は何ですか?」
と、よく聞かれる。
それだけ、あれやこれやと休み無くやっているように見えるのだろうか。
実際、休む間も無く次々とやっていますが。
休む間はあまり無いですが
ひとつの舞台にかかりっきりになっているより
外出でもして見聞を広げてる方が、
これから創る舞台にプラスに働く
と思うのです。
だから、忙しすぎて、稽古場などに、こもりっきりになってるよりも
忙しい合間を縫って、外出している方が
広がりのある作品が創れる
気がします。
っていうかね。
外出しないと
自分の殻に閉じこもりすぎて
ダメな人になってしまいそうなんだよ。
今日みたいに、他人の舞台を観にいける余裕がほしい。
明日も他人の舞台観に行ってきます。
2010年12月18日
奇跡の舞台効果
昨日、ギャラリーとりこで今年最後の舞台を勤めてきました。
1時間で5作品。
今年とりこで作った作品の中から選んで上演。
お客さんに「集大成だった」と言葉をいただきました。
この10ヶ月で、また一つ舞台の創り方が深まった気がします。
ありがとうございました。
さて、その5作品の中で、2作目に上演したのが7月の「赤展」で創った作品「赤の記憶」。
作品中、ずっと開かない窓の外に赤い点滅するライトがある、という設定の不思議な作品。
ちょうど1作目が始まったころにすぐ近くでちょっとした事故があったらしく、
1作目の途中から3作目の途中までギャラリーのすぐ脇にパトカーが止まり続けていました。
奇跡的な舞台効果。
そのため初めに用意した「点滅信号か?」というセリフも当然のように「パトカーか?」になりました。
7月に観たお客さんもいたため、始まる前に一度パトカーが通りがかった時に
「そんな作品もあったよね」なんて話も客席で出てたところでした。
終演後も、こんな作品があった、あんな写真があった、
などと話しながら
「よく10回もやったね」
なんて話してたら
「芝居は11回やってるんだ」
と言われた。
「え?」
自分で忘れかけてましたが、一回「小さな美術展」にも絡みましたっけ。
これもかなり四苦八苦した経験でした。
来年も続けていけるかなぁ。
ちなみに「小さな写真展」は来週の水曜日まで「ギャラリーとりこ」で続きます。
http://toriko.eshizuoka.jp/
1時間で5作品。
今年とりこで作った作品の中から選んで上演。
お客さんに「集大成だった」と言葉をいただきました。
この10ヶ月で、また一つ舞台の創り方が深まった気がします。
ありがとうございました。
さて、その5作品の中で、2作目に上演したのが7月の「赤展」で創った作品「赤の記憶」。
作品中、ずっと開かない窓の外に赤い点滅するライトがある、という設定の不思議な作品。
ちょうど1作目が始まったころにすぐ近くでちょっとした事故があったらしく、
1作目の途中から3作目の途中までギャラリーのすぐ脇にパトカーが止まり続けていました。
奇跡的な舞台効果。
そのため初めに用意した「点滅信号か?」というセリフも当然のように「パトカーか?」になりました。
7月に観たお客さんもいたため、始まる前に一度パトカーが通りがかった時に
「そんな作品もあったよね」なんて話も客席で出てたところでした。
終演後も、こんな作品があった、あんな写真があった、
などと話しながら
「よく10回もやったね」
なんて話してたら
「芝居は11回やってるんだ」
と言われた。
「え?」
自分で忘れかけてましたが、一回「小さな美術展」にも絡みましたっけ。
これもかなり四苦八苦した経験でした。
来年も続けていけるかなぁ。
ちなみに「小さな写真展」は来週の水曜日まで「ギャラリーとりこ」で続きます。
http://toriko.eshizuoka.jp/
2010年12月16日
明日
あと一週間、とか言ってたのにもう明日です。
結局、いつも通りになってしまうかな。
これもまたジブンイロってことで。
「伽藍座長一人芝居の旅@とりこ」
日時:12月17日(金)19時~
会場:ギャラリーとりこ
チケット:投げ銭
今回の「小さな写真展」のテーマは「ジブンイロ」。そして写真展はvol.10(10回目)。
ということで、これまで写真展に合わせて即興に近い形で作ってきた作品群の中からチョイスして再演する予定です。それが自分にとっての「ジブンイロ」ってことで。
「小さな写真展」自体は12月17日(金)~22日(水)までやってます。
http://toriko.eshizuoka.jp/
結局、いつも通りになってしまうかな。
これもまたジブンイロってことで。
「伽藍座長一人芝居の旅@とりこ」
日時:12月17日(金)19時~
会場:ギャラリーとりこ
チケット:投げ銭
今回の「小さな写真展」のテーマは「ジブンイロ」。そして写真展はvol.10(10回目)。
ということで、これまで写真展に合わせて即興に近い形で作ってきた作品群の中からチョイスして再演する予定です。それが自分にとっての「ジブンイロ」ってことで。
「小さな写真展」自体は12月17日(金)~22日(水)までやってます。
http://toriko.eshizuoka.jp/
2010年12月15日
演出の仕事
今日の稽古で思ったこと。
まぁ、いつも思ってることなのですが、
それらをちょくちょくと、ここに(ネタバレですが)書いて行こうと思います。
演出の仕事は
芝居の流れにメリハリをつけること。
メリハリは私が扱うものは二種類あって
「緩急」と「強弱」。
役者は自分の役を一生懸命やってますので、客席からどう見えるかわかりません。
「役者は、客席からどう見えてるか、常に把握していろ!」
という考えもありますが、私は
「それは演出の仕事だから」
といって、役者には自分の役を一生懸命生きてもらいます。
だから、演出は客席からどう見えているか?を見ること。
そして、「ここはこういうふうに伝えたい」
ということを見極めて、そういうふうに伝わるように役者に指示を出すこと。
そう考えると、
演出は役者が出来なくってもいいんです。役者経験者でなくていいんです。
いい観客が出来れば。いい観客経験者であれば。
「ゲネ」というものがあります。(厳密にはリハーサルと違うんですが、最終リハだと思ってください。)
俗に「観客を入れない本番」などと言ったりします。
自分が演出していて、うまくいってる芝居の時
これは「演出だけのための本番」となります。
自分ひとりの観客のためにやる本番。
この贅沢を体験する時
「あぁ、演出やってて良かった」
って思います。
だって、自分が演出する芝居は
自分が観客としてみたい芝居
なのだよ。
そんな贅沢を今回も味わってみたいなぁ。
ま、うまくいってない芝居の時は
そんな楽しむ余裕無かったり
客席にいられなかったり
ゲネなのに、ダメ出しメモに掛かり切りだったり
しちゃうんですが・・・
まぁ、いつも思ってることなのですが、
それらをちょくちょくと、ここに(ネタバレですが)書いて行こうと思います。
演出の仕事は
芝居の流れにメリハリをつけること。
メリハリは私が扱うものは二種類あって
「緩急」と「強弱」。
役者は自分の役を一生懸命やってますので、客席からどう見えるかわかりません。
「役者は、客席からどう見えてるか、常に把握していろ!」
という考えもありますが、私は
「それは演出の仕事だから」
といって、役者には自分の役を一生懸命生きてもらいます。
だから、演出は客席からどう見えているか?を見ること。
そして、「ここはこういうふうに伝えたい」
ということを見極めて、そういうふうに伝わるように役者に指示を出すこと。
そう考えると、
演出は役者が出来なくってもいいんです。役者経験者でなくていいんです。
いい観客が出来れば。いい観客経験者であれば。
「ゲネ」というものがあります。(厳密にはリハーサルと違うんですが、最終リハだと思ってください。)
俗に「観客を入れない本番」などと言ったりします。
自分が演出していて、うまくいってる芝居の時
これは「演出だけのための本番」となります。
自分ひとりの観客のためにやる本番。
この贅沢を体験する時
「あぁ、演出やってて良かった」
って思います。
だって、自分が演出する芝居は
自分が観客としてみたい芝居
なのだよ。
そんな贅沢を今回も味わってみたいなぁ。
ま、うまくいってない芝居の時は
そんな楽しむ余裕無かったり
客席にいられなかったり
ゲネなのに、ダメ出しメモに掛かり切りだったり
しちゃうんですが・・・
2010年12月14日
お菓子
お茶を飲むと甘いものが欲しくなる。
スーパーに行ったら、これが!

「なごやん」!懐かしい。
実家にいたときはよく食べてたなぁ。
ということで買ってしまいました。
何か味が違う気がするのは
この何十年かの間に味覚が変わったからかしら?
スーパーに行ったら、これが!
「なごやん」!懐かしい。
実家にいたときはよく食べてたなぁ。
ということで買ってしまいました。
何か味が違う気がするのは
この何十年かの間に味覚が変わったからかしら?
2010年12月13日
お茶
最近、珈琲の飲みすぎで胃の調子が悪い。
そこで、家で飲むものを珈琲からお茶へシフトしていく。
お茶葉は時々もらうのだがあまり利用しきれない。
台所を探ると賞味期限内のお茶がそれでも4袋くらい出てきた。
お茶の入れ方をいろいろと工夫する。
入れ方ではなく淹れ方だとわかる。
といいながら
一昨日はココアを買ってきてしまい
昨日は粉末のレモンティーを買ってきてしまった。
冬の夜は長い。
いろいろと暖かいものを飲み比べよう。
で、先日手に入れた珈琲はいつ飲もう・・・
そこで、家で飲むものを珈琲からお茶へシフトしていく。
お茶葉は時々もらうのだがあまり利用しきれない。
台所を探ると賞味期限内のお茶がそれでも4袋くらい出てきた。
お茶の入れ方をいろいろと工夫する。
入れ方ではなく淹れ方だとわかる。
といいながら
一昨日はココアを買ってきてしまい
昨日は粉末のレモンティーを買ってきてしまった。
冬の夜は長い。
いろいろと暖かいものを飲み比べよう。
で、先日手に入れた珈琲はいつ飲もう・・・
2010年12月12日
お金になる仕事
昨日、お茶をしながら芝居の話をしていたら
「佐藤さんは顔が広いし、経験も豊富なのに、演劇関係だけで食べていけないんですか?」
って。
うん。いろんな話はくるんだけどね。
お金になる話はなかなか・・・
お金になっても金額がなかなか・・・
ここ一ヶ月の間に
ある専門学校からモデルさんに「舞台に立つには」ということを教えに来てほしい、と頼まれたり
某中学校で講演をしてほしい(道徳の授業の一環として)、と頼まれたり
自主映画を創りたいんですが・・・
ホール公演の裏を手伝って・・・
などの話が舞い込む。
しかし、これら全て引き受けても10万にもならないんだろうかなぁ・・・
いや、もちろん演劇をやっている者として、いろんな現場でこちらのスキルを使ってもらえることは喜ばしいし、「安い仕事はお断りだ!」と声高に上から目線で言いたいわけではない。
ただ、自分がこういう「静岡で長年演劇をやってきている」という立場にいるわけなので
あまり自分を安売りすると、自分が、というより
後から私の屍を乗り越えて行く人たちに苦労をさせてしまいそうな気がしてきたのだ。
私の代で、静岡の演劇の価値を上げていかなければ。
そう思うのだが、まだまだ先は長そうだ。
とりあえず、自分を使える場を開拓していこう。
もっと頑張れ、俺。
ちなみに初めの質問の返事。
稽古場を閉めたので、芝居関係で声のかかる仕事のみで生活できないことも無いです。かなり質素ではありますが。
「佐藤さんは顔が広いし、経験も豊富なのに、演劇関係だけで食べていけないんですか?」
って。
うん。いろんな話はくるんだけどね。
お金になる話はなかなか・・・
お金になっても金額がなかなか・・・
ここ一ヶ月の間に
ある専門学校からモデルさんに「舞台に立つには」ということを教えに来てほしい、と頼まれたり
某中学校で講演をしてほしい(道徳の授業の一環として)、と頼まれたり
自主映画を創りたいんですが・・・
ホール公演の裏を手伝って・・・
などの話が舞い込む。
しかし、これら全て引き受けても10万にもならないんだろうかなぁ・・・
いや、もちろん演劇をやっている者として、いろんな現場でこちらのスキルを使ってもらえることは喜ばしいし、「安い仕事はお断りだ!」と声高に上から目線で言いたいわけではない。
ただ、自分がこういう「静岡で長年演劇をやってきている」という立場にいるわけなので
あまり自分を安売りすると、自分が、というより
後から私の屍を乗り越えて行く人たちに苦労をさせてしまいそうな気がしてきたのだ。
私の代で、静岡の演劇の価値を上げていかなければ。
そう思うのだが、まだまだ先は長そうだ。
とりあえず、自分を使える場を開拓していこう。
もっと頑張れ、俺。
ちなみに初めの質問の返事。
稽古場を閉めたので、芝居関係で声のかかる仕事のみで生活できないことも無いです。かなり質素ではありますが。
2010年12月11日
先日のダンス
11月28日(日)に行われたダンス公演の写真がアップされました。
http://myrtos.exblog.jp/15571559/
家庭電源一口でできる舞台照明でございます。
の割りには、結構印象的に出来てるでしょ。
(全体照明にすると若干光量不足は気になりますが)
こういうのばっかり得意になっていきます。
ちなみに後ろの幕も、大関氏の要望で私が障子紙で作りました。
衣装担当の女の子に、公演終了後一人芝居のチラシを渡したら
「裏方さんじゃないんですか?」
と言われてしまった。
地方で演劇やってるとね、表も裏も下働きもやらなきゃいけないから
いろいろ覚えていくのよ。
昔、東京のグループが私の本を上演してくれたので観に行き、バラシを手伝ってたら、
舞台監督さんに「照明コードを八の字巻きしている作家を初めて見た。」
と言われました。
いや、だからね地方で演劇やってると・・・
「作家さん」と持て囃されたのは新鮮だったが、居心地が悪かったのを覚えている。
http://myrtos.exblog.jp/15571559/
家庭電源一口でできる舞台照明でございます。
の割りには、結構印象的に出来てるでしょ。
(全体照明にすると若干光量不足は気になりますが)
こういうのばっかり得意になっていきます。
ちなみに後ろの幕も、大関氏の要望で私が障子紙で作りました。
衣装担当の女の子に、公演終了後一人芝居のチラシを渡したら
「裏方さんじゃないんですか?」
と言われてしまった。
地方で演劇やってるとね、表も裏も下働きもやらなきゃいけないから
いろいろ覚えていくのよ。
昔、東京のグループが私の本を上演してくれたので観に行き、バラシを手伝ってたら、
舞台監督さんに「照明コードを八の字巻きしている作家を初めて見た。」
と言われました。
いや、だからね地方で演劇やってると・・・
「作家さん」と持て囃されたのは新鮮だったが、居心地が悪かったのを覚えている。
2010年12月10日
来週です
ボーっとしてる間に、今年最後の一人芝居が一週間後に迫ってまいりました。
「とりこ」での一人芝居は今年3月から続けて来ました。
毎回ほぼ前日に写真展を見て作品を作る、という形でやってきたので、
直前になって、「今回は無理」と思うことも何度もありました。
でも、何とか10回目までたどり着けそうです。
この企画は、思いの他自分を鍛えることとなりました。
今回は一週間前から作っていいんですね。
(しかし、当日写真と共にまた+αできるようにしたい気持ちもある。)
ギャラリーで芝居を続けていることで、
アート系の方々にも興味を持ってもらえるようになりました。
(まだ、その人たちを他の舞台にまでは引っ張りきれていませんが)
やはり、まだまだいろんな場所で芝居を続けていく必要があると実感しております。
来年はさらにいろんな場所に旅に出ようと思います。
と、今年の公演が全て終わった後のようなコメントになってしまった。
改めて
来週です。
今年最後です。(たぶん)
「伽藍座長一人芝居の旅@とりこ」
日時:12月17日(金)19時~
会場:ギャラリーとりこ
チケット:投げ銭
今回の「小さな写真展」のテーマは「ジブンイロ」。そして写真展はvol.10(10回目)。
ということで、これまで写真展に合わせて即興に近い形で作ってきた作品群の中からチョイスして再演する予定です。それが自分にとっての「ジブンイロ」ってことで。
「小さな写真展」自体は12月17日(金)~22日(水)までやってます。
http://toriko.eshizuoka.jp/
「とりこ」での一人芝居は今年3月から続けて来ました。
毎回ほぼ前日に写真展を見て作品を作る、という形でやってきたので、
直前になって、「今回は無理」と思うことも何度もありました。
でも、何とか10回目までたどり着けそうです。
この企画は、思いの他自分を鍛えることとなりました。
今回は一週間前から作っていいんですね。
(しかし、当日写真と共にまた+αできるようにしたい気持ちもある。)
ギャラリーで芝居を続けていることで、
アート系の方々にも興味を持ってもらえるようになりました。
(まだ、その人たちを他の舞台にまでは引っ張りきれていませんが)
やはり、まだまだいろんな場所で芝居を続けていく必要があると実感しております。
来年はさらにいろんな場所に旅に出ようと思います。
と、今年の公演が全て終わった後のようなコメントになってしまった。
改めて
来週です。
今年最後です。(たぶん)
「伽藍座長一人芝居の旅@とりこ」
日時:12月17日(金)19時~
会場:ギャラリーとりこ
チケット:投げ銭
今回の「小さな写真展」のテーマは「ジブンイロ」。そして写真展はvol.10(10回目)。
ということで、これまで写真展に合わせて即興に近い形で作ってきた作品群の中からチョイスして再演する予定です。それが自分にとっての「ジブンイロ」ってことで。
「小さな写真展」自体は12月17日(金)~22日(水)までやってます。
http://toriko.eshizuoka.jp/
2010年12月08日
水曜いきまSHOW
今日は水曜で、稽古も会議も無いのでFreakyshowへ行ってきた。
寒いのでミルクティーを飲みながら
「蒲田行進曲」の朗読を聞き
ストフェスの話をし
芝居の話をし
帰ってきた。
すっかり「水曜いきまSHOW」の舞台には立たなくなってしまいましたが
こういう企画が続いていくことを願うのであります。
「毎週、ここに行けば芝居が観られる」
という想いから始めた。
2007年9月からだから、3年以上。
毎週だから、150ステージは越えてるんだろうなぁ。
今年は劇団渡辺に任せっきり。
自分の不甲斐なさを反省。
寒いのでミルクティーを飲みながら
「蒲田行進曲」の朗読を聞き
ストフェスの話をし
芝居の話をし
帰ってきた。
すっかり「水曜いきまSHOW」の舞台には立たなくなってしまいましたが
こういう企画が続いていくことを願うのであります。
「毎週、ここに行けば芝居が観られる」
という想いから始めた。
2007年9月からだから、3年以上。
毎週だから、150ステージは越えてるんだろうなぁ。
今年は劇団渡辺に任せっきり。
自分の不甲斐なさを反省。