2009年08月16日

台本を書く-3

以前
「本を書くぞと思ってから急いでいろいろ体験しても消化不良で終わっちゃう」
ってな話をしました。

で、今、本を書くためにいろんな本を読んでいます。

おい!矛盾してないか?
と思われるでしょう。
言い訳をします。

本を書いている時に本を読む理由は大きく分けて二つあります。
一つは「書こうとするものの裏をとる」
もう一つは「刺激する」

一つ目は資料集めです。
自分の中で書きたいものが出来て、それを書いていくのですが、時々専門的なこととか、自分の知識の足りないところとか出るわけです。まあ、演劇を観に来る人は勉強をしに来る人ではないわけなので、多少事実と違ってもよいのかもしれません。というか、何しろあくまでフィクションですし。
しかし、なるべく自分の書く話に説得力を持たせたい、と思うのです。
そうすると、いろいろと調べ物をしたくなるわけですよ。
その時に
今まで全く未知だった世界を知り、「わ、面白いな」と思ったことをガンガンと本に足していくと、食べすぎで消化不良になってしまうんです。もし、そこで面白いものを見つけたら、それは「次回以降にストック」して、元々のお話に必要な部分だけピックアップ。
元々、自分の中にあった知識や興味が8割くらい。で、それを補うために調べ物をする(残りの2割を埋めるため)。こんな感覚です。一本書くのに本をどのくらい読むかというと、主に図書館からは借りて返してを繰り返しながら合わせて30冊程度でしょうか。さらに本を買うこともありますが、お金ないんでなるべく図書館。ただ、「今」を調べたいときはお金なくても本屋で探します。あるいは最近はネットも利用します。
本当はもっと本読まなきゃいかんのでしょうが、私はこのくらい。井上ひさし氏は一本台本書くのに「その事象に関わる全ての本を読んでいる」とも噂されていますので、御大に比べれば私なんて1000倍甘いです。

さて、もう一つの「刺激する」というのはね。
この歳になると、全体的に活力がなくなってくるんですよ。
そうすると、資料探しでなくても読むのです。
「あー、○○さんはこんなにいいもの書いてるんだ。俺も頑張んなきゃ」
「世の中はこんなことになっている。微力ではあるが、俺も何とか」
「感動した。こころ洗われた。素直に原稿に向かえそうだ」
など、
「本を書く」という行為に対してモチベーションをあげる一つの方法として使います。

と、本について書きましたが
資料としても、刺激としても
本読む以外に
映画観たり、舞台観たり、ダンス観たり、アート観たり、体験したり、音楽聴いたり、旅に出たり、呑んだり、食べたり・・・・
しています。

表現というのは自分の生活によって蓄えられた体験や思考が基になっているのだと思う。
だから、普段いかに生活し、何を志向しているか、が問われてくるのだと思う。
というと恥ずかしながら、自分は大した生活をしているようには思えない。
でも、その大したことない生活が自分のベースになっているので、
それをベースに表現活動をするしかない。

それによって、自分の表現方法が「身近」に体感しやすいものになっているのであれば
この質素な生活もまた、幸いである。


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Posted by 伽藍座長 at 23:31│Comments(0)演劇
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