2007年09月10日
本を書く
先日(夏休み)、高校生に「台本について」の講習をしてきました。
その時に
「どんな時に台本のアイデアは生まれますか?」
という質問を受けました。
「自転車乗ってる時とかによくポッと浮かびます」と即答しましたが、もっとみんなのヒントになる話をしなきゃなあ、と思ってもう少し話しました。話をしている間に自分で「ああ、そうだよねえ」と我ながら感心した話。まとめてみると
ある舞台(映画でもTVでも小説でもいい)を観て、感動して「こういう舞台がやりたい」と思ってもそこで本を書き始めると、どうしても今観たものの二番煎じになっているような気がしてしまう。だからその時は無理に本は書こうとしない。でも、それに共感した自分がいる、ということを認識することはとても大事なこと。そのように感動する舞台(などの表現活動)に触れることは自分にとって大事なこと。どんどんインプットしていって「自分の価値観を豊かにしていく」時だと思うようにしている。
で、ある時、ある舞台(映画でもTVでも小説でもいい)を観て、「いや、それは違うだろう」と思ったときが、「自分の本を書くとき」だと思ったのだよ。「違う」と思った事象を自分の価値観で書いていく時、「自分の作品」が出来るのだと思う。
これはどんな表現活動でも同じじゃないのかなあ。でも、音楽や絵ってちょっと違う気もする。あれらは「感動した表現方法」を使って「自分の作品」を作ることが出来る気がする。
本は「書く」という一つの表現方法しかない(極端な言い方ですが)。
どちらにしろ、「自分の価値観」をちゃんと持てるか、が大事。
そしてそれを育てるために「いいものにたくさん触れる」
その過程で「違う価値観」に出会った時、
「自分の本が書ける」
という話を高校生にしながら、自分を再確認しました。
一人芝居の台本なんて特にニュースを見ながら「それは違うだろ」と突っ込みながら書いた作品が多いから、自然と「社会批判」的なものが多くなってしまうのだね。
その時に
「どんな時に台本のアイデアは生まれますか?」
という質問を受けました。
「自転車乗ってる時とかによくポッと浮かびます」と即答しましたが、もっとみんなのヒントになる話をしなきゃなあ、と思ってもう少し話しました。話をしている間に自分で「ああ、そうだよねえ」と我ながら感心した話。まとめてみると
ある舞台(映画でもTVでも小説でもいい)を観て、感動して「こういう舞台がやりたい」と思ってもそこで本を書き始めると、どうしても今観たものの二番煎じになっているような気がしてしまう。だからその時は無理に本は書こうとしない。でも、それに共感した自分がいる、ということを認識することはとても大事なこと。そのように感動する舞台(などの表現活動)に触れることは自分にとって大事なこと。どんどんインプットしていって「自分の価値観を豊かにしていく」時だと思うようにしている。
で、ある時、ある舞台(映画でもTVでも小説でもいい)を観て、「いや、それは違うだろう」と思ったときが、「自分の本を書くとき」だと思ったのだよ。「違う」と思った事象を自分の価値観で書いていく時、「自分の作品」が出来るのだと思う。
これはどんな表現活動でも同じじゃないのかなあ。でも、音楽や絵ってちょっと違う気もする。あれらは「感動した表現方法」を使って「自分の作品」を作ることが出来る気がする。
本は「書く」という一つの表現方法しかない(極端な言い方ですが)。
どちらにしろ、「自分の価値観」をちゃんと持てるか、が大事。
そしてそれを育てるために「いいものにたくさん触れる」
その過程で「違う価値観」に出会った時、
「自分の本が書ける」
という話を高校生にしながら、自分を再確認しました。
一人芝居の台本なんて特にニュースを見ながら「それは違うだろ」と突っ込みながら書いた作品が多いから、自然と「社会批判」的なものが多くなってしまうのだね。