2008年04月25日
この10年のあゆみ―1998
では、振り返ってみましょう。自分たちの記録のためにも。
まずは1998年。
この4月に稽古場を借りたわけですが、当時「サールナートホール」で「痛快ねずみ小僧伝説」という舞台をやることが決まっていたので、その稽古に使っていました。
この稽古場での公演は、確か、この年の5月末か6月だったような。伽藍名義の公演ではなかった。橋本三十郎という昔から一緒にやっていた女優と当時らせん劇場に所属していた(よね?)香具兆こたつ、という女優二人芝居でした。「なまず」というタイトル。結構面白かった。見た人は絶対覚えてるはず。まだ、設備らしいものも無く、客席も不十分で、後ろの立ち見の人は舞台が見えず、舞台映像をテレビに映して、街頭テレビを見るような形でした。
伽藍名義でやった公演は、この年の秋、10月に「あれから10年も」(今やれよっていうようなタイトルですね)と11月に「そらとぶかもめ」という二作品を続けざまにやりました。今は楽屋部分に組み込まれ見えなくなっている奥の窓をそのまま舞台装置に使いました。舞台上にある「部屋の窓」という設定の窓を開けると、窓の外には本物の焼津信用金庫の壁が見える、という。そんなリアルな公演でした。
ところで、当時二階にあった「催眠研究所」。みなさん気になっていたと思います。でも、誰も訪ねたことはありませんでした。あいさつはしてましたけどね。どうも「催眠」というけれど、カウンセリングをやっていたようです。一度だけ苦情が来たことがあって、いわく「階段周辺に人がいると、うちに来る人が階段を上りにくい。うちに来る人はカウンセリングをうけるだけあって、人見知りが強いので」というような内容。それから、稽古場の利用案内には「階段に座らないこと」という項目をつけました。
また、建物前の電柱に「催眠研究所」の看板が貼ってあったのですがそこに「脳み相談」と書いてあったのはマニアには有名な話でした。しかし、5年ほどたった頃「悩み相談」に書き換えられていました。残念。
残念ついでに、この「催眠研究所」、2年前に移転しました。引越しの時に置いていった(?)靴拭きマットは現在も階段前に置きいっぱなしです。
まずは1998年。
この4月に稽古場を借りたわけですが、当時「サールナートホール」で「痛快ねずみ小僧伝説」という舞台をやることが決まっていたので、その稽古に使っていました。
この稽古場での公演は、確か、この年の5月末か6月だったような。伽藍名義の公演ではなかった。橋本三十郎という昔から一緒にやっていた女優と当時らせん劇場に所属していた(よね?)香具兆こたつ、という女優二人芝居でした。「なまず」というタイトル。結構面白かった。見た人は絶対覚えてるはず。まだ、設備らしいものも無く、客席も不十分で、後ろの立ち見の人は舞台が見えず、舞台映像をテレビに映して、街頭テレビを見るような形でした。
伽藍名義でやった公演は、この年の秋、10月に「あれから10年も」(今やれよっていうようなタイトルですね)と11月に「そらとぶかもめ」という二作品を続けざまにやりました。今は楽屋部分に組み込まれ見えなくなっている奥の窓をそのまま舞台装置に使いました。舞台上にある「部屋の窓」という設定の窓を開けると、窓の外には本物の焼津信用金庫の壁が見える、という。そんなリアルな公演でした。
ところで、当時二階にあった「催眠研究所」。みなさん気になっていたと思います。でも、誰も訪ねたことはありませんでした。あいさつはしてましたけどね。どうも「催眠」というけれど、カウンセリングをやっていたようです。一度だけ苦情が来たことがあって、いわく「階段周辺に人がいると、うちに来る人が階段を上りにくい。うちに来る人はカウンセリングをうけるだけあって、人見知りが強いので」というような内容。それから、稽古場の利用案内には「階段に座らないこと」という項目をつけました。
また、建物前の電柱に「催眠研究所」の看板が貼ってあったのですがそこに「脳み相談」と書いてあったのはマニアには有名な話でした。しかし、5年ほどたった頃「悩み相談」に書き換えられていました。残念。
残念ついでに、この「催眠研究所」、2年前に移転しました。引越しの時に置いていった(?)靴拭きマットは現在も階段前に置きいっぱなしです。