2010年12月28日
最後の本公演
2010年年明け。
6月に予定していた公演が鷹匠での最後の本公演になると思いながら(自分の中だけでしたが)、上演台本を決めることになりました。
その時候補に上げてたのが「浜辺の猿」と「箱舟」。
どちらも再演したい演目でした。
当時の人数からいったら「箱舟」でしたが、鷹匠の最後らしい作品としては「浜辺の猿」。
そこで、今まで参加してきた人にも広く声をかけて「浜辺の猿」を上演することにしました。
「本公演」と銘打つのは、「私の作品をそれなりの時間をかけて劇団員で上演する」というような定義だったかな。
鷹匠で活動を続けていく中で「劇団」という形をとったのは
「稽古場の維持」が目的でした。ここで継続的に活動を続けるため。
なので、誰が劇団員?といわれたら
「稽古場維持費を払っている人」
という条件になるのでした。
しかし、劇団員にも生活があり、結婚・出産・転勤などで活動できなくなりますよね。
新しい劇団員がそうそう都合よく入ってくるわけでもないし。
しかし巷には「かつて演劇活動をしていたが、今は辞めてる」「所属劇団の活動が休止状態」「所属劇団の活動拠点が県西部のため続けるのが難しい」などの演劇人がちらほらいたわけです。
そこで、上記の条件を提示して声をかけていくのでした。
「稽古場維持費を払っていてくれれば劇団員」
これにより、稽古場を出入りする人を増やしたんですね。
ここで「劇団とは?」という話をすると今の自分では定義しにくいのでしません。
「理想とする劇団」を作ることよりも、目の前の
「稽古場を維持するための集団」を作ることが先決だったのです。
しかし、この方向はそれほど無理やりでもなかったと思っています。
静岡で演劇をするには
仕事をしながら続ける人が多いわけです。
家庭の事情、仕事の事情があるわけです。
その中で続けていくわけです。
「理想とする劇団」が
「理想とする演劇を体現できる集団」でありたいのは確かです。
しかし
「生活しながら、仕事しながら、それでも演劇を続けていく集団」でありたいのも確かです。
両方重視したいです。これからも。
話を本公演に戻します。
6月の公演を最後の本公演にする、と劇団員に発表し、広報もしますと
「最後」ということで気合が入ります。
「最後でなくても気合入れろよ」という突っ込みもありましょうが、
そう思いながらも「最後だから」という気合の入り方しますよね。
この前後に「春なのに」「ちどりあし公演」「ひまたく公演」「UNIT LIVE FINAL×CLOSE」と、久しぶりに賑やかな稽古場となるのです。
常時このくらい賑わっていれば状況も変わったかもしれないなぁ・・・と思いながら。
本公演はうまく出来た方だと思います。
ある意味「集大成」なわけですから、それなりのものができてないと困りますからね。
しかし逆に
「ここまでだったか」という想いも沸きますよね。
「次へ繋がる」と思えた部分が見えたということは
「次も出来る」ということと
「もうちょっとやれば今回出来たかもしれない」という想いが沸きますよね。
しかしもし
「やりきった」という想いで一杯になれたのなら
稽古場の閉鎖と共に、私の演劇人生も終わるわけですから。
もう何も思い残すことはない。余生は何をして過ごそうか。って話になるわけです。
舞台はいつでもなまもの。
生物。
(時々私が理系出身であることを驚かれますが詳しく言えば「理学部生物学科卒」です。失礼。)
「なまもの」ですから、同じ作品を別の機会に上演すればまた新しい発見や成長が見つかるのです。
「浜辺の猿」はやはりまたいつか再演したい作品です。
今回は、鷹匠最後の本公演に相応しい「本」だったと思います。
観逃した方は、またいつか上演するのをお待ちください。
観た方は、またいつか上演する時、また違った自分を発見できるかもしれません。お楽しみに。
(この「自分」は私って事ではなくて、「あなた」ってことですよ。)
さて、文章の構成も何も考えずに長文書き始めるとこんなに収拾つかなくなりますね。
いいでしょう。このまま徒然に今年を振り返って行きますよ。
つづく。
6月に予定していた公演が鷹匠での最後の本公演になると思いながら(自分の中だけでしたが)、上演台本を決めることになりました。
その時候補に上げてたのが「浜辺の猿」と「箱舟」。
どちらも再演したい演目でした。
当時の人数からいったら「箱舟」でしたが、鷹匠の最後らしい作品としては「浜辺の猿」。
そこで、今まで参加してきた人にも広く声をかけて「浜辺の猿」を上演することにしました。
「本公演」と銘打つのは、「私の作品をそれなりの時間をかけて劇団員で上演する」というような定義だったかな。
鷹匠で活動を続けていく中で「劇団」という形をとったのは
「稽古場の維持」が目的でした。ここで継続的に活動を続けるため。
なので、誰が劇団員?といわれたら
「稽古場維持費を払っている人」
という条件になるのでした。
しかし、劇団員にも生活があり、結婚・出産・転勤などで活動できなくなりますよね。
新しい劇団員がそうそう都合よく入ってくるわけでもないし。
しかし巷には「かつて演劇活動をしていたが、今は辞めてる」「所属劇団の活動が休止状態」「所属劇団の活動拠点が県西部のため続けるのが難しい」などの演劇人がちらほらいたわけです。
そこで、上記の条件を提示して声をかけていくのでした。
「稽古場維持費を払っていてくれれば劇団員」
これにより、稽古場を出入りする人を増やしたんですね。
ここで「劇団とは?」という話をすると今の自分では定義しにくいのでしません。
「理想とする劇団」を作ることよりも、目の前の
「稽古場を維持するための集団」を作ることが先決だったのです。
しかし、この方向はそれほど無理やりでもなかったと思っています。
静岡で演劇をするには
仕事をしながら続ける人が多いわけです。
家庭の事情、仕事の事情があるわけです。
その中で続けていくわけです。
「理想とする劇団」が
「理想とする演劇を体現できる集団」でありたいのは確かです。
しかし
「生活しながら、仕事しながら、それでも演劇を続けていく集団」でありたいのも確かです。
両方重視したいです。これからも。
話を本公演に戻します。
6月の公演を最後の本公演にする、と劇団員に発表し、広報もしますと
「最後」ということで気合が入ります。
「最後でなくても気合入れろよ」という突っ込みもありましょうが、
そう思いながらも「最後だから」という気合の入り方しますよね。
この前後に「春なのに」「ちどりあし公演」「ひまたく公演」「UNIT LIVE FINAL×CLOSE」と、久しぶりに賑やかな稽古場となるのです。
常時このくらい賑わっていれば状況も変わったかもしれないなぁ・・・と思いながら。
本公演はうまく出来た方だと思います。
ある意味「集大成」なわけですから、それなりのものができてないと困りますからね。
しかし逆に
「ここまでだったか」という想いも沸きますよね。
「次へ繋がる」と思えた部分が見えたということは
「次も出来る」ということと
「もうちょっとやれば今回出来たかもしれない」という想いが沸きますよね。
しかしもし
「やりきった」という想いで一杯になれたのなら
稽古場の閉鎖と共に、私の演劇人生も終わるわけですから。
もう何も思い残すことはない。余生は何をして過ごそうか。って話になるわけです。
舞台はいつでもなまもの。
生物。
(時々私が理系出身であることを驚かれますが詳しく言えば「理学部生物学科卒」です。失礼。)
「なまもの」ですから、同じ作品を別の機会に上演すればまた新しい発見や成長が見つかるのです。
「浜辺の猿」はやはりまたいつか再演したい作品です。
今回は、鷹匠最後の本公演に相応しい「本」だったと思います。
観逃した方は、またいつか上演するのをお待ちください。
観た方は、またいつか上演する時、また違った自分を発見できるかもしれません。お楽しみに。
(この「自分」は私って事ではなくて、「あなた」ってことですよ。)
さて、文章の構成も何も考えずに長文書き始めるとこんなに収拾つかなくなりますね。
いいでしょう。このまま徒然に今年を振り返って行きますよ。
つづく。
Posted by 伽藍座長 at 11:07│Comments(0)
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